フューチャリスト宣言

というわけで、ちょっと遅くなったのですが読み終わり。
ウェブ人間論』でも思ったけど、2人の同じで違うところが出ているように感じた。ウェブ人間論で、

平野さんと私は「大きな時代の変わり目にどう生きるか」に強い関心があり、現代を「大きな時代の変わり目」たらしめる最大の要因の一つがウェブ進化だという認識で一致していた。
(中略)
たとえば、平野さんは「社会がよりよき方向に向かうために、個は何ができるか、何をすべきか」と思考する人である。
(中略)
その点に関して言えば、私はむしろ「社会変化とは否応もなく巨大であるゆえ、変化は不可避との前提で、個はいかにサバイバルすべきか」を最優先に考ええる。

とされていたのだけど、この流れは同様に思えた。梅田さんは非常にリアリストだ。(それはビジョナリーでないということではない)一方で茂木さんの方が、違う意味での確信に基づいているような気がする。
あと、茂木さんはやはり、強いひとだ。”偶有性の喜び”という言い方は、一見奇妙な感じもするのだけど、実際、理解できる感じがある。へんな言い方だが、自分の思い通りにならない体験から、もしくはリソースが足りないという経験から、何かを生み出す。理解する。可能でないことは、可能への可能性。
まさに「宣言」であるかのようなこの本には、感想というよりは自分の一歩が期待されているような思いに駆られる本だった。

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)